「僕を疑ってるんですか?」
刑事ドラマを見ていると、
アリバイを聴かれた人が必ず言うセリフだ。
捜査員は、判で押したように言う。
「いえ、これは皆さんにお聴きしていることですから」
「これは形式上の質問ですから」
疑うのが仕事なんだから、別に取りつくろう必要はないと思うんだが。
刑事じゃなくても、
誰でも、親しい人が何かの嫌疑をかけられた場合、
その人に質問くらいはする。
「やったの?」
そう聴かれると、これまたキレ気味に質問で返されるね。
「おまえ、俺を疑ってるのか!?」
これも、めっちゃウザい。
ドラマの中だから、黙って見てるけど、
実際に言われたら、僕だったらキレるかも。
「おまえから、やってない、の一言が聴きたいだけだっつの!」
だっつの、は函館弁なのかな。
僕がその質問をするとしたら、
おそらく疑っているからじゃない。
ただの質問なのだ。
僕は、まだ、当人から、
やったのか、やっていないのかを聴いていない。
だから質問する。それだけなのに。
以上のことから推察すると、どうやら人を疑うのは良くないことらしい。
なんでだ?
僕は、もともと誰も信用していないし、
誰からも信用されていないと思っている。
ある件に関して、その人が信用できるかどうかなんて誰にもわからない。
「それは本当か?」
そんな質問には何の意味もない。
「俺の目を見ろ!」
笑わせるな。目で何がわかる。
まっすぐ目を見たら真実を言っていて、目をそらしたら嘘つきなのか、くだらん。
人は、他人を疑っている。はなから信用なんてしていない。
それでいいじゃないか。
ある日、殺人事件が起きて、
僕の知り合いが犯人だったと知れたとしよう。
「あの人が人を殺すなんて、あり得ません。
そんな事ができる人じゃありません!」
と僕が言える人は、僕のまわりには一人もいない。
誰だって、人を殺す可能性があると思うからだ。
その人が、何かしらの極限状態に追い込まれたり、
とてつもない怒りや憎しみに支配されたりすることは、
あり得ない事じゃないからだ。
「僕は、あの人が犯人じゃないって信じてます!」
「父さんだけは、信じてるぞ!」
ここでも出た、信じてる、だ。
なぜ嘘を言うのだろう。
ぜったい信じてないだろ。
そうであって欲しくないと、強く願っているだけだろ。
それを信じてるというキレイめな言葉でくるんで、
体裁よくラッピングしてるだけだ。
事実を事実として認識して、
わからないことは、確認する。
確認できなければ、わからない事として置いておくしかない。
そうやって人間の脳には、膨大な情報がオブジェクト別に蓄積されていくんじゃないのかな。
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